「みんながそう言っている」
「みんなに嫌われている」
「みんな、そう思っているよ」
こんな言葉を聞いたことはありませんか。
私は時々、こんなふうに尋ねます。
「その“みんな”って、何人ですか?」
すると意外にも、
「3人くらいかな」
「一人から聞いただけ」
「誰が言っていたかは、よく分からない」
そんな答えが返ってくることがあります。
けれど、「みんな」という言葉になった瞬間、私たちの頭の中では、それが10人にも100人にも膨らんでしまう。
そして、
「みんなにそう思われているんだ」
「やっぱり私が悪いんだ」
「世間ではそれが普通なんだ」
と、まだ確かめてもいないことまで事実のように受け取ってしまいます。
これは「みんな」だけではありません。
「いつも」
「絶対」
「普通は」
「誰も」
「どうせ」
日常の中には、現実を大きくしたり、小さくしたりする言葉がたくさんあります。
たとえば、
「私はいつも失敗する」
と思ったとき。
本当に“いつも”でしょうか。
うまくいった日は、一度もなかったでしょうか。
「誰も私のことを分かってくれない」
本当に“誰も”でしょうか。
一人もいないのでしょうか。
言葉は、とても不思議です。
出来事そのものよりも、私たちは「その出来事をどう言葉にしたか」に心を動かされていることがあります。
だから、心が苦しくなったときほど、一度その言葉を眺めてみる。
「それは事実?」
「何人?」
「何回?」
「誰が言った?」
「本当に全部?」
そうやって、言葉と実際に起きている現象を照らし合わせてみる。
すると、
「思っていたほど大きなことではなかった」
「一人の言葉を、みんなの言葉にしていた」
「一度の出来事を、“いつも”だと思っていた」
そんなことに気づくかもしれません。
人から投げかけられた言葉にも、
自分が自分に向けている言葉にも、
私たちは思っている以上に影響を受けています。
だからこそ、言葉をそのまま信じるのではなく、
ときどき立ち止まって、その言葉の輪郭を確かめてみる。
「みんな」ではなく、何人なのか。
「いつも」ではなく、何回なのか。
「絶対」ではなく、本当にそうなのか。
言葉を丁寧にほどいていくと、
曖昧だった現実が少しずつ見えてきます。
もしかすると、
自分を苦しめていたのは出来事そのものではなく、
いつの間にか大きくなっていた「言葉」だったのかもしれません。
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